2025年10月25日土曜日

第13回 契約書・規約の見直しポイント 仕入れ先、テナント、サービス利用

 

こんにちは。有限会社金城企画 代表取締役の荒瀧です。当社はまもなく創業50周年を迎えます。これまで多くの企業様とともに、リスクマネジメントの現場を支えてまいりました。

さて、これまで食品衛生や労務、情報セキュリティなど、様々なリスクについて解説してきました。今回は、事業の根幹を支える「契約」に焦点を当てます。

飲食店経営において、仕入れ先との取引契約、店舗の賃貸借契約(テナント契約)、そして様々なITサービスや外部サービス利用規約など、多くの契約書や規約が関係してきます。これらは「問題が起こらない限り」意識から遠ざかりがちですが、いざトラブルが発生した際、経営に深刻な影響を与える「隠れたリスク」になり得ます。

今回は、飲食店経営者が「今すぐ」確認すべき契約書・規約の見直しポイントを、具体的なネクストアクションとともにお伝えします。

1. 仕入れ先との契約書:安定供給とリスク回避の要

食材や備品の仕入れは、飲食店の生命線です。口頭での取引も多いかもしれませんが、リスクマネジメントの観点からは、契約書や取引基本約款を改めて確認することが重要です。

見直しポイント懸念されるリスクネクストアクション(何をすべきか)
品質保証・異物混入時の責任範囲食中毒や異物混入時の賠償責任がすべて自社にかかる。納入品の品質基準(許容範囲)や、品質不良・異物混入が発生した場合の**責任分担(賠償責任、回収費用など)**が明確に記載されているか確認する。必要であれば追記を依頼する。
納期遅延・供給停止のリスク天候不順や仕入れ先の倒産などで食材が急に入らなくなる。供給が停止または遅延した場合の代替業者への切り替えの可否やペナルティ(損害賠償)規定を確認し、代替調達ルートの確保を視野に入れる。
価格改定・支払い条件急な値上げやキャッシュフローの悪化。価格改定の事前通知期間支払いサイト(締め日と支払日)を再確認し、安定的な仕入れと資金繰りを両立できるか検討する。

2. 店舗の賃貸借契約(テナント契約):退去・修繕時のリスク

店舗物件の契約書(賃貸借契約書)は、保証金や賃料だけでなく、退去時や店舗の修繕・改修に関わる大きなリスクが潜んでいます。

見直しポイント懸念されるリスクネクストアクション(何をすべきか)
原状回復の範囲と費用負担退去時に予想外の高額な修繕費用を請求される。「原状回復」の定義(スケルトンか、居抜きでの引き渡しが可能か)や、借主負担となる修繕箇所を再確認する。契約締結時の写真や記録を改めて整理する。
営業時間の制限・用途の制限営業時間の変更やメニューの追加で契約違反となる可能性。契約書に記載された使用目的(例:飲食店に限る)や、営業時間、看板設置などに関する制限事項に違反していないかチェックする。
第三者への転貸(又貸し)の禁止一部のスペースを間借りさせるなど、契約違反になるケース。契約違反とならないよう、契約書に明記されている転貸・譲渡の禁止規定を改めてスタッフ間で共有する。

3. サービス利用規約:クラウド、決済、予約システムのリスク

近年、POSシステム、クラウド会計、予約管理システム、キャッシュレス決済サービスなど、多くのITサービスを利用しています。これらの「利用規約」も一種の契約書です。

見直しポイント懸念されるリスクネクストアクション(何をすべきか)
データの所有権とバックアップ顧客データや売上データが急に利用できなくなる。サービス停止・終了時や、システム障害発生時に、**自社のデータがどうなるか(所有権、返却、エクスポートの可否)**を規約で確認する。重要なデータは定期的に自社でもバックアップを取る。
免責事項(損害賠償の範囲)システムの不具合で売上が立たなかった際の補償がない。サービス提供側の免責事項(システム停止時の損害賠償額の上限など)をチェックし、万一のリスクに備えてオフラインでの対応策(例:手書き伝票の準備)を検討する。
規約変更と通知方法知らぬ間に料金やサービス内容が不利に変更される。規約変更があった場合の通知方法を把握し、メールなどを常にチェックする担当者を決める。

リスクは「確認」から始まります

契約書や規約は、専門用語が多く敬遠されがちですが、これらはすべて「未来のリスクに備えるためのルールブック」です。問題が起こってからでは遅いのが契約の世界です。まずは「この契約が破綻したら、自社はどこまで責任を負い、どんな損害を被るか」という視点で、上記チェックポイントを一つ一つ確認してみてください。

もし、「うちの契約書はリスクが多いかもしれないが、どこから手をつけていいか分からない」とお悩みでしたら、ぜひ私どもにご相談ください。当社では、契約書のリスク評価を含めたリスクマップ作成のお手伝いをさせていただきます。

次回(第14回)は、「食品表示・景品表示法コンプライアンス 広告とメニュー表示の注意点」をテーマにお届けします。料理の提供だけでなく、情報発信においてもクリアすべき法的なリスクについて解説します。ご期待ください。


【バックナンバー】

第1回 飲食店の事業継続に不可欠な「リスクマネジメント」とは? 

第2回 食中毒リスクマネジメントの基本(前編)衛生管理と予防策 

第3回 食中毒リスクマネジメントの基本(後編)発生時の対応とSNS対策 

第4回 従業員教育と労務リスクマネジメントの落とし穴 

第5回 労務リスクマネジメントの対策(後編)ハラスメント・残業代・外国人雇用 

第6回 情報セキュリティと個人情報保護の基本対策 

第7回 クレーム・顧客トラブル対応の鉄則とNG行動 

第8回 防火・防災対策のチェックリストと緊急時の行動計画 

第9回 事業継続計画(BCP)の策定プロセスと飲食店に必要な視点 

第10回 食品アレルギー対応の法的な義務と現場での実践ポイント 

第11回 資金繰りリスクと財務体質強化のための経営指標 

第12回 税務調査対応と脱税リスクの回避策 飲食店が注意すべき勘定科目

2025年10月19日日曜日

第12回 顧客からのクレーム対応の法的位置づけ 悪質クレーマー対策含む

 こんにちは。有限会社金城企画 代表取締役の荒瀧です。当社はまもなく創業50周年を迎えます。これまで多くの企業様とともに、リスクマネジメントの現場を支えてまいりました。

さて、前回は「従業員のSNS炎上対策」について、リスクマネジメントの視点から解説しました。情報発信が日常となった今、店舗経営者様にとって非常に重要なテーマであったかと存じます。

今回は、飲食店経営における日常的なリスクの一つ、「顧客からのクレーム対応の法的位置づけ 悪質クレーマー対策含む」に焦点を当てます。「お客様は神様」という言葉がありますが、全てのクレームが正当とは限りません。特に近年増加している**悪質クレーマー(カスタマーハラスメント、通称カスハラ)**への対応は、従業員の安全と店舗の平穏を守るために、法的な視点をもって毅然と行う必要があります。

1.クレーム対応の基本と法的位置づけ

正当なクレームと悪質なクレームを見極めることが、適切な対応の第一歩です。

(1)正当なクレームへの対応

提供した商品やサービスに落ち度があった場合、例えば異物混入、食中毒、接客ミスなど、お客様に損害や不快な思いをさせてしまった場合は、企業として債務不履行不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性があります(民法第415条、第709条など)。

  • ネクストアクション:

    1. 事実確認と誠実な謝罪(非を認めるのは事実確認後): まずはお客様の話を遮らずに傾聴し、冷静に事実関係を正確に記録します。

    2. 迅速な対応と解決策の提示: 法的責任の範囲を理解した上で、交換、返金、治療費の負担など、できる限りの解決策を迅速に提示します。この際、道義的な謝罪と法的な責任を安易に混同しないことが肝要です。

(2)悪質クレーム(カスハラ)の法的位置づけ

悪質なクレームとは、正当な理由がない要求や、要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なもの(暴言、威圧的な言動、長時間拘束など)を指します。これらは、正当なクレームではなく、犯罪行為不法行為に該当する可能性があります。

悪質行為の例該当する可能性のある法令
大声での恫喝、暴言、暴力暴行罪、脅迫罪、強要罪(刑法)
長時間の居座り、執拗な電話・訪問威力業務妨害罪(刑法)、不退去罪(刑法)
根拠のない金銭要求、土下座要求恐喝罪(刑法)、強要罪(刑法)
店舗施設や備品の損壊器物損壊罪(刑法)、不法行為(民法)

2.悪質クレーマー(カスハラ)対策のネクストアクション

悪質クレーマーに対しては、「絶対に屈しない」という毅然とした態度と、組織的な対応が不可欠です。

(1)対応ルールの明確化と周知徹底

「お客様は神様」という考えから脱却し、どこからが悪質クレーム(カスハラ)にあたるのか、対応の**「線引き」**を明確にすることが重要です。

  • ネクストアクション1:

    • マニュアル整備: 長時間・複数回・不当な要求・暴言が発生した場合の対応ルール(**「即答しない」「複数人で対応する」「最終責任者以外は金銭的合意をしない」**など)を具体的に定める。

    • 従業員への周知: 「従業員は店舗が守る」という姿勢を明確に示し、マニュアルに基づいた対応を徹底させます。

(2)証拠の記録と外部機関への連携

悪質クレームは、法的措置を視野に入れた対応が必要です。そのためには、客観的な証拠を保全することが必須となります。

  • ネクストアクション2:

    • 記録の徹底: クレームの経緯、日時、要求内容、相手の言動(暴言、恫喝など)を詳細に記録します。可能であれば録音も検討します(相手に断りを入れることが望ましいですが、緊急時や危険回避のために、やむを得ない場合は証拠保全を優先することも考慮)。

    • 証拠保全: 店内の防犯カメラ映像を保存します。

    • 毅然とした拒否と法的措置の示唆: 不当な要求には明確に「NO」を伝え、要求が続いたり、威圧行為がエスカレートしたりする場合は、**「業務に支障が出ますので、これ以上の要求は弁護士を通じて対応させていただきます」**など、法的措置を辞さない姿勢を伝える。

(3)警察への通報

生命や身体に危険が及ぶ場合、または業務に重大な支障をきたす場合は、躊躇なく警察に通報すべきです。

  • ネクストアクション3:

    • 即座に通報: 暴行、脅迫、器物損壊、退去要求に応じない居座りなど、犯罪行為に該当する可能性がある場合は、110番通報をためらわない。

    • 通報時の伝え方: 「お客様とのトラブルで、退去を求めても応じません」「大声で恫喝され、業務に支障が出ています」など、現在の状況と被害の内容を簡潔に伝えます。

3.リスクマネジメントの視点

クレーム対応は、単なる事後処理ではありません。それは従業員を守り、店舗の信用を維持するための重要なリスクマネジメントです。悪質クレーマーへの対応で従業員が疲弊し、離職につながることは、飲食店経営にとって大きな損失です。

当社では、飲食店経営者様が直面し得る様々なリスクを洗い出し、それに対する具体的な対策と手順をまとめたリスクマップ作成のお手伝いも行っております。クレーム対応の「線引き」と「組織的な対応ルール」の明確化は、従業員とお店を守る上で不可欠です。ぜひご相談ください。


次回予告

次回、第13回は**「契約書・規約の見直しポイント 仕入れ先、テナント、サービス利用」**をテーマにお届けします。多岐にわたる契約や規約には、知らず知らずのうちにリスクが潜んでいます。仕入れ、賃貸借、サービス利用など、日常業務に関わる契約のリーガルチェックの重要性とそのポイントを解説します。ご期待ください。


有限会社金城企画 代表取締役 荒瀧


バックナンバー

第18回 食中毒発生!緊急時の初動対応と風評被害対策

​ こんにちは。有限会社金城企画 代表取締役の荒瀧です。当社はまもなく創業50周年を迎えます。これまで多くの企業様とともに、リスクマネジメントの現場を支えてまいりました。 さて、飲食店経営において、どれだけ衛生管理を徹底していても「食中毒」のリスクをゼロにすることはできません。...