はじめに:HACCPは「チェック」ではなく「防衛線」である
HACCPの完全義務化から数年が経過し、多くの現場で「チェックリストへの記入」は日常化しました。しかし、今月(2026年2月)に能登・富山・滋賀で相次いで発生した深刻なノロウイルス食中毒事件は、私たちに重い課題を突きつけています。
滋賀の事例では検食を行っていたにもかかわらず、死者2名、83名の発症という最悪の事態を防げませんでした。また、能登のすし店や、30年無事故だった富山の産婦人科でも食中毒が発生しています。
今、私たちが取り組むべきは「HACCPの形式的運用」ではなく、「経営を潰さないための実戦的衛生管理」です。
1. 【事例分析】なぜHACCP導入施設で事故が起きるのか?
今回の3事例から、HACCPの運用において「形骸化しやすいポイント」が見えてきました。
「加熱後」の盲点(滋賀・能登の事例):いなり寿司や寿司ネタは、加熱・調理した後に「人の手」が直接触れます。HACCPで中心温度を記録していても、その後の「盛り付け・成形」という最終工程での二次汚染には、温度記録以上の厳格なルールが必要です。
「非加熱食材」の殺菌工程(富山の事例): サラダのような無加熱食材は、殺菌剤の濃度管理や浸漬時間がわずかに不足しただけでリスクが残ります。「いつものように洗う」という曖昧さが、30年の信頼を崩す原因となります。
「不顕性感染」という見えない敵: スタッフに自覚症状がなくても、ウイルスは厨房に入り込みます。HACCPの「健康チェック表」が、適当な「〇(マル)」の羅列になっていないでしょうか?
2. 「その先」の衛生管理:3つの実戦的アップグレード
事故を防ぐため、今のHACCPプランに以下の視点を加えてください。
① 「盛り付け」を最重要管理点(CCP)と再定義する
加熱工程がない、あるいは加熱後に出すメニューにおいて、盛り付け担当者の手指衛生は「中心温度」と同等の重要度を持ちます。
実戦策: 盛り付け直前の「使い捨て手袋の交換」と、交換後の「消毒液の使用」を必須工程とし、それを相互に確認する文化を作ること。
② 「記録」を自社を守る「証拠」へ昇華させる
滋賀の事例のように大規模な事故になった際、経営者が問われるのは「やるべきことをやっていたか(善管注意義務)」です。
実戦策: 単なるチェックだけでなく、調理器具(まな板・包丁)の殺菌時刻や、殺菌剤の濃度測定結果を記録に残してください。万が一の際、これが「自社の無過失」を証明する唯一の武器になります。
③ セントラルキッチンの「一括停止リスク」を分散する
滋賀の事例では1箇所の調理場が止まったことで、5つの施設への供給が断絶しました。
実戦策: 複数店舗展開されている方は、特定の工程を分散させる、または代替の仕入れルートを事前に確保する「BCP(事業継続計画)」の視点をHACCPに組み込んでください。
飲食店リスクマネジメント・ラボからの提言
HACCPは、保健所のためにやるものではありません。「お客様の命」と「貴店の暖簾」を守るための設計図です。
今回の滋賀の事例のように、死者が発生する事態となれば、法的賠償額は数千万円から一億円を超える可能性があります。HACCPの運用レベルを一段階引き上げることは、そのまま経営の最大のリスクヘッジとなります。
「自社のHACCPプランが、今のノロウイルス流行に対応できているか不安だ」という方は、ぜひ当ラボの専門スタッフまでご相談ください。石川県内での発生事例を熟知したプロが、現場の再診断を実施いたします。
【リスクマネジメントの基礎を学ぶ】 今回は最新事例に基づいた「実戦的対策」を解説しましたが、HACCPの法的な位置づけや管理計画の作り方など、「基本の考え方」については、[第17回:HACCP義務化、その先の衛生管理徹底術(基礎編)]で詳しく解説しています。 「守り」を固めるために、今一度基本に立ち返ってみてください。